近年、日本でも行政分野にAIやデータ分析を導入する取り組みが進んでいる。その代表例の一つが、内閣府が開発した「RAIDA(地方創生データ分析評価プラットフォーム)」である。
RAIDAは自治体のデータ活用を支援するためのプラットフォームであり、地域の人口動態や産業構造、政策効果などを可視化することで、いわゆるEBPM(Evidence Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)を支援する目的で開発された。
しかし、このRAIDAの中に実装されたAI機能「RAIDA-AI」をめぐっては、開発費や契約構造について疑問を持つ声もある。
実際にいくらの税金が使われたのか、そしてその成果は日本のデジタル資産として蓄積されているのだろうか。
この記事では、公開されている入札情報をもとにRAIDA-AIの費用構造を整理するとともに、公共ITの構造的な問題について考えてみたい。
RAIDAの開発費は約1.9億円
まず結論から整理すると、RAIDAの初期開発費として公開されている金額は約1.9億円(税込)である。
これは2024年度に内閣府が発注した「デジタル実装状況の可視化による情報支援プラットフォーム(RAIDA)の開発事業」の落札金額で、受注したのは日本経済新聞グループのデータ分析会社である
株式会社QUICKである。
- 発注機関:内閣府
- 落札企業:株式会社QUICK
- 契約日:2024年6月25日
- 落札金額:191,736,397円(税込)
この金額は複数の入札データベースでも一致して確認できる。
ただし重要なのは、この金額は「RAIDA-AIだけの費用ではない」という点だ。
RAIDA-AI単体の費用は公開されていない
RAIDA-AIはRAIDAプラットフォームの一部機能として実装されたものであり、単独の開発費は公式には公開されていない。
入札仕様書から読み取れる範囲では、約1.9億円の開発費には以下の要素が含まれている。
- RAIDAのWebプラットフォーム構築
- データ可視化ダッシュボード
- 自治体比較・検索機能
- 既存データ基盤との統合
- セキュリティ設計
- 運用設計
- 生成AIを用いた分析支援機能(RAIDA-AI)
つまり、RAIDA-AIはプラットフォームの一機能として含まれており、単体費用を切り出すことはできない。
RAIDA-AIの開発費はどれくらいだったのか(技術的推定)
公式には公開されていないため、RAIDA-AIの開発費は推定するしかない。
一般的な行政向け生成AIシステムの開発費の相場は次のようなレンジになる。
- RAG(検索拡張生成)構築
- 業務向けUI
- プロンプト設計
- 評価・テスト
こうした機能を含めた生成AIシステムは、民間の相場では数千万円から1億円未満程度が一般的だ。
既存のデータ基盤やUIを利用できる場合は、さらに低い数千万円規模で構築されるケースもある。
そのため、RAIDA全体が約1.9億円であることを考えると、RAIDA-AI単体が同額を占める可能性は低く、むしろプラットフォーム基盤の開発費が大部分を占めていると考えるのが自然である。
RAIDAは税金の無駄遣いなのか
では、この事業は税金の無駄遣いなのだろうか。
この問いは単純ではなく、行政の視点と政策戦略の視点で評価が分かれる。
無駄とは言い切れない点
- 全国1700以上の自治体が無料で利用可能
- データ分析人材が不足する自治体でも活用できる
- 既存のRESASの延長として構築されている
- 国のIT事業としては比較的小規模(約2億円)
この観点では、RAIDAは自治体のデータ活用の入り口として一定の意味を持つ。
課題とされる点
- AIの詳細仕様が公開されていない
- 分析ロジックがブラックボックス
- 検証可能性が低い
- 国内AI産業への波及が見えない
つまり、行政サービスとしては成立しているが、日本のデジタル戦略としては疑問が残るという評価になる。
もう一つの問題:知見は国家資産になっているのか
さらに重要なのは、RAIDAの開発で蓄積された知見が日本全体の資産になっているのかという点だ。
現状の契約構造を見ると、開発・運用・保守は株式会社QUICKが継続して担当している。
- RAIDA開発:約1.9億円(2024年)
- 運用・保守:約0.87億円(2025年)
しかし、AI設計や分析ロジックの詳細は公開されていない。
つまり、次のような構造が生まれている可能性がある。
- 設計知識
- 分析テンプレート
- AI運用ノウハウ
これらが企業内部の「暗黙知」として蓄積される一方、国家の共有資産として残らない可能性がある。
公共ITで繰り返される構造
この問題はRAIDAだけではない。
日本の公共ITではしばしば次のパターンが繰り返されてきた。
- プロジェクトごとに新しいシステムを開発
- 設計思想はベンダーに残る
- 政府側は仕様を書けない
- 同じ企業が次回も受注しやすくなる
結果として、日本のデジタル政策は知識の蓄積が起きにくい構造になっていると言われる。
これは日本の「デジタル赤字(年間約7兆円)」の背景の一つとも指摘されている。
知見を国家資産にするための現実的な方法
では、この問題は解決できないのだろうか。
実は、技術的には難しい問題ではない。必要なのは契約と制度設計である。
1 分析ロジックの公開
AIのコードを公開する必要はない。
しかし、以下の要素を文書化するだけでも知見は共有できる。
- 指標の定義
- 評価方法
- 比較ルール
2 マルチベンダー構造
次期RAIDAでは次のような構造が考えられる。
- 分析設計
- AI実装
- UI
- 運用
これらを分割発注することで複数企業の参加が可能になる。
3 教育・人材への知見移転
RAIDAの分析設計は次のような用途にも活用できる。
- 公務員研修
- 大学のPBL教育
- 政策コンテスト
知識が人材に残ることでベンダー依存は減少する。
技術者として何ができるのか
この問題を考えるとき、多くの技術者は「自分には大きな影響力がない」と感じるかもしれない。
しかし重要なのは、すべてを変えることではなく、構造を言語化し記録することである。
例えば次のような問いを社会に投げかけることは意味を持つ。
- 税金で生まれた知見は誰のものなのか
- なぜ日本では設計思想が国家資産にならないのか
- 公共ITはどうすれば持続的な知識基盤になるのか
問題はAIの性能ではない。
問題は、税金で生まれた知見が国家資産として蓄積されない契約構造にある。
まとめ
RAIDA-AIの開発費は単独では公開されていないが、RAIDA全体の開発費は約1.9億円である。
このプロジェクトは自治体のデータ活用という意味では一定の価値を持つが、日本のデジタル戦略としては重要な課題を残している。
それは、税金で生まれた知見が国家資産として蓄積されないという構造である。
もし次のRAIDAがあるなら、必要なのはより高度なAIではない。
知識を共有できる契約と制度設計である。
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