(2025/12/6の日経新聞記事を起点に議論します)
中国で急成長するAIの「日常化」──知っておくべき最新トレンド
中国では、AIがチャットや決済など日常生活に深く入り込み、若者や企業の行動様式を大きく変えています。ここでは、その最新動向と背景を整理します。
豆包(Doubao):チャットAIが若者の生活に浸透
中国発の生成AIアプリ「豆包(Doubao)」は、今や中国国内で日常的に使われるツールとなっています。このアプリを開発・提供しているのは、動画プラットフォーム「TikTok(抖音)」で世界的に知られるバイトダンス(字節跳動)です。
2023年6月のリリースからわずか1年半で、豆包の月間アクティブユーザー数は5,130万人(2024年10月時点)に到達し、世界の生成AIアプリ利用者数で第2位の規模にまで成長しました。1位はOpenAIの「ChatGPT」で約2億5,816万人(2024年10月時点)ですが、言語の壁を考慮すれば、中国国内のみでこれだけの利用者を抱える豆包の勢いは注目に値します。
豆包は単なるチャットボットにとどまらず、英会話の練習、日常の悩み相談、さらには歴史上の人物やアニメキャラとの対話など、多様な使い方が可能です。中には「孫悟空」や「イーロン・マスク」と話せるキャラチャット機能もあり、若者を中心に人気を集めています。
このように、AIがエンタメや自己啓発の手段として日常生活に入り込んでいるのが、中国における新しいライフスタイルの一端と言えるでしょう。
圧倒的な低価格で広がるAPI:企業にも身近なAIに
豆包がこれだけ広がっている背景には、企業向けに提供されるAPIの圧倒的な低価格もあります。バイトダンスが提供する生成AIのAPI料金は、OpenAI製品の1/100以下とされ、開発コストを大幅に抑えることができます。
たとえば、日本で生成AIを自社サービスに組み込もうとする場合、OpenAIのAPI利用は文字数に応じて費用が発生し、場合によっては高額になることもあります。一方、豆包のAPIはその100分の1程度で同等の処理を実現できるため、中小企業やスタートアップでも導入しやすく、AIを活用したサービス展開が加速しています。
中国では、このようにAI技術がコスト面でも民主化されており、個人だけでなく企業にも広く普及しやすい環境が整っているのです。
支小宝とアプリ統合:AIが一歩先の「生活インフラ」に
中国では、AIが単独のアプリで使われるだけでなく、決済や移動、予約といった生活のあらゆる場面に組み込まれた形で機能しています。その象徴が、アント・グループ(阿里巴巴傘下)が提供するAIアシスタント「支小宝(ジーシャオバオ)」です。
支小宝は、同社の決済アプリ「Alipay(支付宝)」と深く統合されており、タクシーの手配、レストランの予約、モバイルオーダー、公共料金の支払いなどを、AIがユーザーの要望に応じて一括して処理します。
つまり、ユーザーが「夕方6時に駅近くで人気の中華料理店を予約して」と話しかけると、AIが候補店を提示し、予約・決済まで自動で完了する――そんな未来が、すでに実現しているのです。
こうした**「生活インフラとしてのAI」**の発展において、中国は世界でも一歩先を行っています。日本でも今後、キャッシュレス決済や予約サービスにAIが統合される流れは加速する可能性があり、20代の若手社会人にとっても、AIを活用する力=新しい生活スキルになっていくでしょう。
中国AI産業の歩みと今──実用主義で加速する次のステージ
マイクロソフトが火をつけた「中国AIの夜明け」
中国のAI研究が本格化したのは、**1998年にマイクロソフトが北京に設立した研究所(Microsoft Research Asia:通称MSRA)**がきっかけです。当時の中国では、AIに限らず先端IT技術の研究は欧米に大きく遅れを取っていましたが、この研究所がターニングポイントとなりました。
中心人物の一人が、台湾出身のAI研究者李開復(カイ=フー・リー/Kai-Fu Lee)氏です。彼はマイクロソフト、Apple、SGIなどでAI技術に携わった後、MSRAの設立に関わり、数多くの若手中国人研究者を育てました。後にGoogle Chinaの初代社長を務めた彼は、中国国内でのAI技術の普及や人材育成に多大な影響を与え、「中国AIの父」とも呼ばれています。
MSRA出身者の多くが、現在のバイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)、テンセント(Tencent)といった中国のテック大手企業のAI部門で中核を担う人材になっており、その系譜は今もなお続いています。
技術的にはアメリカに遅れ:冷静な現状認識
AIの注目度が世界的に高まる中で、中国は着実に進歩を遂げているものの、技術的な基礎研究やモデル開発の水準では、依然としてアメリカに後れを取っていると評価されています。
2024年4月には、アリババ・グループの共同創業者であり、現在は会長を務めるジョセフ・ツァイ氏が「中国の大手企業は、AI技術において米国に約2年の遅れがある」と発言しています(参考:WSJ、2024年4月15日付)。
この「2年の差」は、生成AIにおける大規模言語モデル(LLM)の精度や、インフラ面(高性能GPUの確保、AIチップの設計力など)に起因するものです。特にアメリカでは、OpenAI、Google DeepMind、Anthropicといった企業が年単位ではなく「数ヶ月ごと」に技術更新を続けており、中国勢はそのスピード感に追いつけていないという課題を抱えています。
また、米国の制裁措置(対中輸出制限)によって、中国企業がNVIDIA製の最新GPU(例:H100)を自由に調達できないことも、開発速度のボトルネックとなっています。
実用・展開フェーズでは中国が先行:API連携で日常へ
一方で、AIの「使い方」や「社会実装のスピード」では中国が世界の先頭を走っている分野もあります。
中国のテック企業は、生成AIを研究開発だけで終わらせず、即座にAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)として他のアプリケーションに組み込むことで、ユーザーの日常体験を変える取り組みに注力しています。
例えば、前述の「支小宝」や「豆包」のように、生活インフラやSNS、EC、金融サービスといった複数のアプリをAIで橋渡しする形が一般化しています。このAPI連携により、AIが単なるチャット機能ではなく、「移動」「予約」「買い物」「相談」といった具体的な行動を代行する仕組みが次々と構築されています。
これは、アメリカでのAIがやや技術優位な「研究・開発偏重」傾向にあるのに対し、中国は**「実用主義」や「即時的な社会導入」に重きを置いている**という違いでもあります。若手社会人にとっては、このようなAIの「現場レベルでの進化」をいち早くキャッチすることが、将来的なビジネスやキャリアにも影響を与えるかもしれません。
中国におけるAI受容の実態──利便性とリスク、そのはざまで
中国AI産業は1998年の研究所設立を契機に成長。技術面で米国に遅れつつも、実用化のスピードでは世界をリードしています。
圧倒的な受容率:中国社会はAIをどう受け入れているのか
中国は、AIの社会実装において世界でも圧倒的なスピードで進展している国の一つです。その背景には、**市民の「AIへの心理的ハードルの低さ」**が大きく関係しています。
米調査会社**ベンション(Vention)**の2024年のレポートによれば、中国におけるAI受容度は59%に達しており、これは欧米など先進国平均の約30%を大きく上回っています。つまり、中国では約6割の人々がAI技術に対して前向きな姿勢を持っているということです。
この傾向は、特に都市部の若年層や中間層に強く、日常生活での利便性を理由にAIの利用を積極的に受け入れているのが特徴です。たとえば、AIが搭載されたチャットボットや音声アシスタントを使って、タクシーを呼ぶ、レストランを予約する、ネット通販で買い物をするなどの行動が一般化しており、「生活の中にAIがあること」が当たり前になっています。
また、教育・医療・行政といった公共サービスでも、AIの導入が進められており、国家主導の方針に対する市民の協力意識も高いことが、社会全体の受容を後押ししています。
「利便性>プライバシー」──個人情報への意識の違い
中国でAIの導入が進む一方で、それを支えているのが個人情報の取り扱いに対する社会的な意識の違いです。
多くの中国市民は、AIによる利便性を優先し、個人情報をある程度共有することに対して抵抗が少ないという特徴があります。これは、中国国内で数多くの「一元管理型」サービス(例:WeChatやAlipay)に慣れていることが大きく、個人の位置情報、検索履歴、購買履歴などが一つのアカウントで統合されるという前提が受け入れられているからです。
野村総合研究所(NRI)の李智慧氏は、「中国では過去に何度も大規模な情報漏洩事件があり、国民の間に“どうせ防げない”というある種の**諦観(シニシズム)**が根付いている」と分析しています(NRIセミナーレポート2023年)。
たとえば、2022年に発生した上海警察のデータベース流出事件では、約10億人分の個人情報が漏洩したと報じられましたが、それでも市民生活に大きな変化は起きませんでした。このような背景から、**「多少のリスクはあっても便利なら使う」**という意識が社会に浸透しているのです。
国際社会との価値観のギャップ:倫理とルールをどう捉えるか
AIを受け入れる姿勢の強さは、中国における技術普及の大きな原動力である一方で、国際的な倫理観や価値観とのギャップを浮き彫りにしています。
たとえば、EUではAI規制の枠組み「AI Act」が2024年に採択され、プライバシー保護やアルゴリズムの透明性、差別的影響の排除といった倫理的ガイドラインの遵守が強く求められています。これに対し、中国では規制の多くが国家主導での管理を前提としており、市民が自らのデータ使用に関して詳細なコントロールを行う仕組みは限定的です。
このような構造的違いは、AI技術が国境を超えて展開される時代において、「信頼される技術」や「倫理的なサービス」への評価基準が国によって大きく異なることを意味します。たとえば、中国製の監視技術や顔認識AIに対して欧米諸国が懸念を示すのも、この倫理的視点から来ているのです。
たとえば、20代の新社会人にとっては、AIの利便性を享受するだけでなく、**「自分の情報がどこでどう使われているのか」「それに対して自分は何を選択すべきか」**を考える姿勢が求められます。グローバルなビジネス環境では、テクノロジーの理解だけでなく、国ごとの価値観の違いを踏まえた行動が重要なスキルになるです。
中国におけるAI発展を支える「制度」と「競争環境」
中国のAIは国家主導の厳しい管理体制と激しい企業間競争に支えられ、国内市場を急拡大。今後はグローバル展開も加速し注目されています。
国家がルールを作る:中国のAIはなぜ「管理型」なのか?
中国政府は2023年7月、生成AIを取り締まる新たなルールとして「生成人工知能サービス管理暫定弁法(暫定規定)」を施行しました。これは、ChatGPTのような生成AIの応答内容に対して明確な検閲と統制を設けるものです。
この法律では、AIによる出力が国家の統一、社会主義体制、政府への批判、虚偽情報の拡散などにつながらないよう、企業側に責任を課しています。例えば、AIが「天安門事件」や「習近平の批判」に関わる内容を出力することは明確に禁じられており、違反した企業には最大で**10万元(約200万円)**の罰金が科される場合もあります。
これは、表現の自由や多様な価値観を重視する欧米(特にEUや米国)のアプローチとは大きく異なる点です。EUでは2024年にAI法(AI Act)が制定され、アルゴリズムの透明性や差別的影響の回避に重きを置いていますが、中国は**「社会安定」「体制維持」**を最優先とする管理型AIモデルを採用しているのが特徴です。
このような国家主導の法制度は、企業にとっては不確実性の低いガイドラインとなる反面、技術革新の方向性が政治的意図に左右されやすいというリスクも含んでいます。
競争は激化の一途:「100モデル戦争」とは何か?
現在、中国のAI市場では、5,700社を超えるAI関連企業(2023年6月時点、iiMedia Research調べ)がひしめき合っています。この数は米国(約1万1,000社)に次ぐ世界2位の規模であり、特にテンセント、バイドゥ、アリババ、バイトダンスなどの巨大テック企業が、生成AIの開発を牽引しています。
中でも注目されているのが、「百模大戦(100モデル戦争)」と呼ばれる激しいAIモデル競争です。これは文字通り、数十〜100を超える大規模言語モデル(LLM)が一斉に市場に投入され、性能や価格、スピードで凌ぎを削っている状況を指します。
この競争では、企業が「利益」よりも「ユーザー数の獲得」や「市場シェアの確保」を優先しており、API利用料を無料にする、運用コストを大幅に引き下げるなど、極端な価格競争も展開されています。たとえば、アリババが提供する「通義千問」やバイドゥの「文心一言」は、OpenAI製品の数十分の一の価格でAPIを提供しており、特に中小企業やスタートアップが導入しやすい環境を整えています。
このような競争は、短期的にはイノベーションの加速を促進する一方で、過剰なコスト削減や品質低下、データの安全性リスクといった副作用も指摘されています。
巨大市場とグローバル展開:中国AI企業の次なるターゲット
現在、中国のAI市場はまだ国内中心ですが、その規模は急速に拡大しています。調査会社IDCの試算によれば、2028年には市場規模が約2,767億元(約5兆7,000億円)に達する見通しであり、これは2023年時点と比べておよそ2倍近い成長です。
こうした成長の原動力は、政府の積極的な支援政策や、巨大IT企業による持続的な投資だけでなく、新興国市場への進出戦略にもあります。実際、中国のAI企業はすでに東南アジア、アフリカ、中南米などの地域において、AI製品やプラットフォームの輸出を進めています。これらの国々ではインフラやデジタル人材が不足しているため、安価で即戦力となる中国製AIが歓迎されやすいという背景があります。
この流れは今後さらに加速すると予想されており、**「中国発のAIが世界の標準になる可能性」**すら現実味を帯びています。
**20代の新社会人にとっては、中国のAI発展が日本や自分の仕事にどのような影響を及ぼすかを見極める視点が不可欠です。**例えば、「中国製AIが業務に使われるケース」「海外企業との取引や比較検討」が増える中、法制度の違い・競争環境の背景を理解しておくことは、国際ビジネスパーソンとしての基礎教養ともいえるでしょう。
結論:中国AIの未来とグローバルな視点での課題
技術の加速と実用化:中国は“使えるAI”で世界をリードしている
中国におけるAIの実装スピードは、世界でも群を抜いています。特に都市部では、チャットAIや画像生成といった“先端技術”が、決済アプリやショート動画などの日常的サービスと結びつき、既に生活の一部となっています。
たとえば、バイトダンスの生成AIアプリ「豆包(Doubao)」は、2024年10月時点で月間アクティブユーザー5,130万人を突破しており、これは世界第2位の利用者数です(1位はOpenAIのChatGPT:約2億5,816万人)。
さらに、Ant Groupが展開する「支小宝」は、モバイル決済、レストラン予約、タクシー配車を一つのAIエージェントが統合的に操作するという次世代的なUX(ユーザー体験)を提供。アプリ間のAPI連携を通じて、“単なる会話ツール”を超えたAIの使い道が一般化しています。
こうした背景には、国家主導のデジタル戦略と、5,000社以上にのぼるAI企業の競争環境があると言われています。**「とにかく早く市場に出す」**という中国の実用主義的な開発文化が、この加速度を支えているのです。
倫理・人権・統制:中国AIが抱える構造的リスク
一方で、中国におけるAI開発は、倫理や人権の観点からグローバルな基準と大きく異なる部分もあります。
たとえば、2023年に施行された「生成人工知能サービス管理暫定弁法」では、AIが政府批判や社会秩序を乱すような発言をしないよう企業に義務が課され、明確な検閲体制が整えられました。つまり、AIの自由な発言や学習には、国家が“ブレーキ”をかけているということです。
また、プライバシーの観点でもリスクが指摘されています。ベンション社の調査によると、**中国ではAIに対する受容度が59%**と高く、先進国平均(約30%)の倍以上に達しています。これは「利便性>個人情報保護」という価値観が背景にあると考えられており、ユーザーが情報漏洩に無関心というより、ある種の“諦め”が浸透しているとする専門家の分析もあります(野村総研・李健氏の発言より)。
このような国家統制+高い受容度という構造は、中国のAIにスピードと規模をもたらす反面、**「何を代償にしているのか」**という視点が国際的に問われ始めています。
私たちは何を考えるべきか?技術だけでなく“価値”に目を向けよう
AIは単なるツールではありません。どのような設計思想で作られ、誰のために運用されるのか──これが、今後ますます重要になる視点です。
たとえば、アルゴリズムに偏見が含まれていれば、就職やローン審査などのシステムでも差別が起きる可能性があります。欧州連合(EU)は2024年にAI法(AI Act)を可決し、「高リスクAI」には透明性・説明責任・人間による監督を義務づけました。一方で、中国では「体制維持」や「スピード」が優先され、人権や公平性の観点が後回しになっている現状も見逃せません。
20代の新社会人として、私たちが注目すべきは「技術そのものの凄さ」だけではなく、その背景にある価値観や社会制度、リスクとの付き合い方です。企業や自治体がAIを導入する際に、どの国の技術を採用するかという判断は、コストや性能だけでなく、倫理的整合性や規制対応力も問われる時代になっているからです。
まとめ
中国のAIは、スピード・実用性・大衆展開において世界をリードしていますが、倫理的な懸念や国際的な価値観とのずれも抱えています。
今後グローバル社会でAIとともに働く私たちにとって、「技術を見る目」だけでなく、「社会を見る目」を養うことが、キャリア形成にもつながるのではないでしょうか。
〆最後に〆
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適時、返信して改定をします。
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