サイバー攻撃の脅威は、もはや一過性の事件ではなく、
国家の存立すら揺るがす常態的リスクとなっています。
ゼロデイ攻撃、潜伏型マルウェア、国境を越える匿名性──こうした特性を持つサイバー攻撃は、従来の「犯行後に対応する」制度設計では十分に防ぎきれません。しかも、攻撃者は現実世界の距離や時間を無視して、一瞬のうちに社会基盤に深刻な被害を与えることが可能です。
このような背景のもと、政府有識者会議では、「未然防止」や「拡大阻止」を目的とした新たな制度の必要性が強調されました。特に、警察官職務執行法などを手がかりに、迅速かつ柔軟に対応可能な法制度への転換が求められています。本章では、現行制度の限界と新制度設計の方向性について掘り下げます。
3.1 サイバー空間の特徴を踏まえた実効的な制度構築の必要性
サイバー攻撃の高度化と潜伏性の脅威
サイバー攻撃は年々巧妙さを増しており、ゼロデイ脆弱性を突く高度な侵入や、感染後も長期間検知を免れる潜伏能力などが特徴です。攻撃者は、複数の中継点を経由して攻撃元を隠蔽することで、追跡を困難にし、国家間の法的管轄を超えて活動することも珍しくありません。
サイバー空間における時間・空間の非対称性
サイバー空間では、攻撃がいつでも、どこからでも実行可能であり、現実空間とは異なる非対称性が存在します。たとえば、感染が一度拡散すれば、数分で広範囲に被害が及ぶ危険性があります。これまでの「事後対応型」の法制度では、そのスピードに追いつくことができません。
被害の未然防止を目的とする制度の必要性
このような背景から、有識者会議では「未然防止」や「拡大阻止」を目的とする新たな制度設計が求められています。特に、刑事訴訟法による令状主義のアプローチでは、迅速な対応が困難であるとの認識が広がっており、警察官職務執行法などの柔軟な制度設計を参照しつつ、制度全体を刷新することが提言されています。
3.2 措置の実施主体
政府機関の既存能力を活用する必要性
現行の枠組みでも、警察庁・防衛省・自衛隊などは既にサイバー脅威への対応力を一定程度有しています。有識者会議は、それらの能力を制度的に活用し、現場対応力を強化すべきだとしています。
平時と有事をまたぐ対応体制の整備
サイバー攻撃の性質上、平時と有事の境界が曖昧です。そのため、有事における防衛省・自衛隊の役割に加え、平時から警察が中心的な役割を果たすことで、途切れのない対応体制(シームレスな防衛体制)の必要性が説かれています。
警察・自衛隊の連携と役割分担の明確化
制度としては、まず警察がアクセス・無害化の基本的対応を担い、必要に応じて防衛省・自衛隊が加わる体制が想定されています。このような体制は、国際的にも一般的であり、例えば米国のFBIと国防総省の分担と連携が参考となります。
3.3 措置の対象
優先順位の明確化と戦略的対応
人的・物的資源が限られる中、対応の優先順位を明確に定めることが不可欠です。有識者会議は、特に国家機能の中枢や社会基盤(クリティカルインフラ)に対する攻撃への対応を重視すべきだと指摘しています。
重要インフラ・安保関連機関への重点配慮
具体的には、電力・通信・交通・医療などのインフラ施設に加え、在日米軍基地や自衛隊が依存するインフラも対象に含めるべきとされており、国家安全保障に資する分野に重点を置いた制度設計が求められています。
必然性のある場合の柔軟な対応
ただし、攻撃の手口が複雑化する中で、想定外の対象が被害を受ける可能性も否定できません。したがって、アクセス・無害化の対象は柔軟に判断できるような制度的余地を残すことも必要です。
3.4 アクセス・無害化と国際法との関係
海外拠点のサーバーに対する対応の難しさ
攻撃インフラの多くは海外に設置されており、それにアクセスすることは国際法上の主権問題に直結します。政府がアクセス・無害化措置を講じる際には、国際社会との摩擦を回避する必要があります。
緊急状態における国際法上の違法性阻却
有識者会議は、一定の条件下では国際法上の違法性が阻却され得ると指摘しています。特に、「緊急状態(Necessity)」という国際法の概念は、サイバー攻撃への迅速対応を正当化する根拠となりうるとの見解が示されています(※ICJ判例などに言及)。
国際的な整合性と透明性の確保
他国との連携や説明責任の観点からも、アクセス・無害化の実施にあたっては国際的整合性を確保する努力が求められます。透明性のあるプロセスと報告義務が制度に組み込まれるべきです。
3.5 制度構築にあたっての留意点
法制度との整合性確保と新制度の位置づけ
新たな制度は、既存の刑事手続きや行政警察権と整合的であることが重要です。たとえば、令状主義との関係や、警察官職務執行法の適用限界との兼ね合いを丁寧に整理する必要があります。
市民権の保障と抑制的制度設計
制度の強化と同時に、国民の権利保障とのバランスも極めて重要です。通信の秘密やプライバシーに対する不当な侵害を防ぐため、独立機関による監視制度や事後的レビュー制度などの導入が検討されるべきです。
技術と法の連携を意識した制度運用
AIや自動分析システムの進化により、アクセス・無害化も技術主導で行われる可能性があります。制度の設計段階から、最新の技術特性を理解し、誤検出や誤作動に備えた制御措置を講じる必要があります。
3.6 運用上の留意点を含めた今後の検討課題
初動対応と現場判断の明確化
サイバー攻撃の初動対応は時間との勝負であり、現場の判断に一定の裁量を与える必要があります。運用マニュアルや標準手順(SOP)を整備し、関係機関間の連携を高めることが喫緊の課題です。
誤検出・誤措置のリスクとその対応策
自動分析やシグネチャベースの対応には誤検出リスクが伴います。無関係な通信を対象にしてしまうと、プライバシー侵害や外交問題に発展する可能性があるため、トライアンドエラーを前提とした慎重な運用体制が必要です。
国民理解と社会的正当性の確保
制度運用には、国民の理解と信頼が不可欠です。十分な情報公開や、事後検証を行うことで、社会的正当性を高め、制度の安定的運用を図るべきです。有識者会議の報告書では「説明責任と透明性の担保」が何度も繰り返し強調されています。
〆最後に〆
以上、間違い・ご意見は
次のアドレスまでお願いします。
最近は全て返信出来てませんが
適時、返信して改定をします。
nowkouji226@gmail.com
【全体の纏め記事へ】