生成AIの企業導入が本格化する中、LINEヤフーは「自前AI活用基盤」を全社に構築する国内最大級の試みに踏み出している。全社員への生成AI利用義務化、社内データ検索RAG「SeekAI」、開発者向けAI統合開発基盤「Ark Developer」の整備は、単なるツール導入ではなく「業務プロセスそのものをAI前提に再設計する」挑戦である。本稿では、日経報道を起点に、RAG構築プロセス、API・クラウド戦略、インフラ規模、さらにソフトバンクとの比較まで俯瞰し、日本企業における“生成AI基盤内製化”の現在地を整理する。
LINEヤフーが構築する「自前AI活用基盤」全体像
LINEヤフーは生成AIを「個別導入」ではなく「全社インフラ」として整備している。社内情報検索RAG「SeekAI」、全社員向けChatGPT Enterprise、そして開発者向けのAI統合開発環境「Ark Developer」を組み合わせ、業務・開発・情報検索を一体化する構造だ。特徴は“自社データを中心に据え、外部LLMをAPIで柔軟に使う”マルチベンダー設計にある。
SeekAI ― 社内データをRAG化する情報検索基盤
SeekAIは社内規程、設計資料、問い合わせ履歴などを文書分割(チャンク化)し、ベクトル検索を行ったうえでLLMに回答生成をさせるRAG構造を採用している。RAG精度向上の鍵として「チャンク品質」を最重要視している点が特徴だ。これにより、一般的な生成AIでは不可能だった“社内固有知識に基づく回答”が実現されている。
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Ark Developer ― 開発プロセスそのものをAI化
Ark Developerはエンジニア向けAI開発支援基盤で、UIデザインからコード生成、コード補完、レビュー自動化までを統合する。PoCではAPIドキュメント生成工数を6割以上削減したと報告されており、開発生産性10%以上改善を公式目標に掲げる。単なるAIコーディング支援ではなく「開発工程全体のAI再設計」が狙いだ。
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RAG構築プロセスに見る「自社データ主導型AI」の本質
LINEヤフーのAI基盤で最も重要なのは「モデル」ではなく「データ設計」である。RAGは社内データの収集・整形・分割・メタデータ設計・権限制御という前処理工程が品質を左右する。ここに企業ごとの差別化が生まれる。
チャンク化とメタデータ設計が精度を決める
RAGでは文書を適切な長さで分割し、文脈を保ったままベクトル化する必要がある。SeekAIでは独自フレームワークで文書形式を統一し、検索精度を高めている。これはオンプレミスRAGを構築する際にも共通する必須工程であり、企業固有ノウハウが蓄積される領域だ。
API連携によるマルチLLM運用
LINEヤフーはOpenAI API、Google Cloud、AWS上のLLMを併用するマルチベンダー戦略を採用している。これにより「最適なモデルをAPIで切り替える」柔軟性を確保している。RAG側が自社データを管理し、LLMは外部APIで都度選択する構造は、今後の企業AI基盤の標準形となりつつある。
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クラウド依存とオンプレ志向 ― 企業AIの分岐点
LINEヤフーの戦略は「社内データは自社管理、推論はクラウドLLM」というクラウド前提設計である。一方で、機密性を重視する企業ではオンプレミスAI構築のニーズも高まっている。両者の違いは“どこに知識処理を置くか”にある。
LINEヤフーは外部LLM前提のクラウド設計
公開情報によれば、OpenAIの全API利用契約を締結し、Google CloudやAWSのLLMも導入している。つまり「推論エンジンは外部クラウド」が前提だ。データは社内に保持するが、質問文や検索結果はクラウドLLMへ送信される構造である。
オンプレRAG構築との対比
オンプレ志向の場合、OllamaやLlama系モデルをローカル推論に使い、PGVectorなどでベクトル検索を構築する方式が有力となる。RAG前処理や権限制御の考え方はSeekAIと共通だが、推論まで自社環境で完結できる点が最大の違いとなる。
インフラ規模から見る日本型AI投資 ― ソフトバンクとの比較
AI基盤の実装力は「エンジニア規模」と「インフラ規模」に現れる。LINEヤフーは国内最大級のWebエンジニア組織とプライベートクラウドを運営し、ソフトバンクは通信基盤とAIデータセンター投資を拡大している。両社は異なる方向からAI基盤競争に挑んでいる。
LINEヤフー ― 4,800人のエンジニアと16万台のサーバー
LINEヤフーは約4,800人のエンジニアを擁し、全社員の約46%を占める。さらに自社プライベートクラウド上で約16万台のサーバーを運用していると公開されており、日本最大級のWebインフラを持つ企業の一つである。
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ソフトバンク ― 通信基盤×AIデータセンター戦略
一方ソフトバンクは通信インフラを中核に、北海道でのAIデータセンター新設など計算基盤投資を強化している。OpenAI向け海外データセンター投資にも関与し、「計算資源側からAI覇権を狙う」戦略を取る。LINEヤフーが“データ×開発プロセス”主導なのに対し、ソフトバンクは“計算基盤×投資”主導型と言える。
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まとめ ― 日本企業における生成AI基盤内製化の到達点
LINEヤフーの自前AI基盤は、「RAGによる社内知識構造化」「開発プロセスAI化」「マルチLLM API運用」「大規模プライベートクラウド」という四層構造で成立している。モデル性能よりも“データとプロセス設計”が競争力を生む時代に入りつつある。一方で、オンプレミスAI志向も並行して発展しており、日本企業の生成AI導入は今後「クラウド型」と「閉域型」の二極化が進むだろう。
